ドクター森本の痛みクリニック

Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック

60 痛みは気から

「知らん顔」も必要、気分かえよう

慢性痛を抱えておられる方でも、何かに熱中していると痛みは軽減する。このことは、長距離ランナーなどでみられる「ランナーズハイ」によって説明される。モルヒネと結合する受容体が脳内にあり、その受容体に結合する類似物質が存在するが、この物質こそが内因性モルヒネ様物質である。痛みを伝達する部位の受容体と結合して作用を発揮するのだ。さらに、この受容体は感情に関係する大脳辺縁系などにも存在する。従って、スポーツをしたり、何かに熱中していると、この内因性モルヒネ様物質が分泌されて鎮痛効果を発揮し、大脳辺縁系への好影響によって気分を高揚させるのである。

また、痛みの強さは「感情」にも左右される。ベトナム戦争当時の研究では、兵士が病院に担ぎ込まれた場合、重傷では痛みをあまり訴えないが、軽傷だと訴えが多いとするデータがある。重傷だと名誉の負傷として前線から離脱できるが、軽傷では治療後に再び前線に送り出されるからである。『太平記』(正成兄弟討死事)には「腹を切らん為に鎧を脱いでわが身を見るに、切疵十一個所までぞ負ふたりける」とある。ここでも傷の程度と痛みの強さは一致せず、戦場にあってはさほど痛みを感じないことが理解される。痛みは置かれている状況、その時の感情によって大きく変化するのだ。「痛みは気から」である。

なお、痛みがあるとイライラして他人に八つあたりしてしまうが、このことは、感情の痛みへの影響とは逆に、痛みによって感情が障害される事実を示している。痛み情報が大脳皮質に届けられる際に、大脳辺縁系が悪影響を受けるのである。その結果、気(感情)に変化が起こり、不安を生じる訳である。さらにこの不安が痛みを増幅するので厄介だ。

痛みと付き合うためには、知らぬ顔の半兵衛を決め込むことも必要である。さて、気分を切り替えて、内因性モルヒネ様物質の分泌を促すためにマラソンを始めてみましょうか。

(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)

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