ドクター森本の痛みクリニック

Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック

96 痛みの経済学

慢性痛放置すれば莫大な損失

二〇〇〇年、米国議会は二〇〇一年からの十年間を「痛みの10年」とすることを採択した。また米国の医療施設を評価する機関は、脈拍数、呼吸数、体温、血圧に加えて「痛み」をバイタルサイン(生命徴候)のひとつと位置づけた。

この「痛みの10年」宣言の採択にあたっては、一九八二年に米国国立保健研究所が行った調査で、六千五百万人が何らかの慢性痛を抱えていると推計したことが基礎となっている。これらの慢性痛患者は適切な治療を受けることができずに“ドクターショッピング”を繰り返しているものと考えられる。

不適切な治療を続けることやドクターショッピングでの医療費の無駄遣いによる経済的損失は莫大(ばくだい)である。また、痛みによる就労制限(米国では、痛みによって年に延べ七億円の労働日が失われている)による労働生産性の損失のみをみても、年間八兆七千億円と概算されている。したがって、「痛みの10年」宣言では、医師の再教育などにより、痛みによる経済的損失をより少ないものとすることをその目的のひとつとして考えているのである。

さて、わが国ではどうだろう。昨年行われた調査では、慢性痛の保有率は13.4%、実に千七百万人との結果が報告されている。しかし、痛みに対する社会活動が積極的に行われているとは言い難い。

不適切な初期治療によって慢性痛が作り出されていることは大きな問題である。十分な除痛が得られずに「痛み」信号が神経系から持続的に発せられると、治癒したあとも、痛みの原因が一種の記憶として残存し信号を発し続けるのである。この痛みによる神経系の可塑的変化こそが慢性痛を構築する原因であり、帯状疱疹(ほうしん)後神経痛などはその最たるものだろう。

これらの点からも、個々の痛みに応じた治療を提供できる施設の充実が望まれる。その結果、就労時間の減少や医療費の無駄遣いなどから生じる経済的損失が大幅に削減されることは想像に難くない。

(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)

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